弦楽四重奏「ザ・芸者ストリングス」のマネージャとしての奮闘記


by yasuyakko

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「那須移住計画プロジェクト」と称して、少しづつ動き始めたのは、だんなはんの自宅療養の最中だった。抗がん剤でかなり大変な状態のだんなはんに気遣いつつ、ネットで少しづつよさげな物件を検索。

「中古よりは新築よね!」
「地価安いんだよ~、東京の100分の1!」
「永住するにはあんまり山の上の方はきついよね!」

などなど、わりと一方的にだんなはんに言葉の連射。だんだんと彼もその気に。

那須はおおまかに3つの領域に分けられるらしい。

  • 山の上の方(別荘用)
  • 山の中腹から下あたり(別荘と永住の両方用)
  • 電車が通っているあたり(永住用)

どうせなら、そのへんの東京近郊とあまり景色が変わらないところよりも、ちょっと高原っぽく、あ、いいなあと思うようなところがいいということで、山の中腹あたりをねらうことに。それだと地価も安くなる。

さらに、二世帯+店舗(音楽ホール)くらいの広さ、音楽ホールで人がちゃんと集まれるような、でもあんまり道沿いだとうるさいので、少し奥まったところ。300坪くらいあればいいなあ、とわがままな要求。もちろん、水はけもよくて、インフラも大丈夫で、地盤もちゃんとしていてと基本事項も押さえる。土地の選び方などの情報はネット上にあふれていた。

まず土地、ネットで軽い気持ちで相談メールを地元の不動産屋さんに入れてみる。何件かにあたったなかかの1件から、丁寧なメールがすぐに返ってきて、お、いいかもとなった。

一方、那須という土地を選んだ直接の理由でもある、ICHIBOKAKU 瑠庵(芸ストが年3-4回コンサートをしている)で、コンサートのたびにそこの支配人M氏に移住の二文字をなんとなく言っていたのだが、M氏はそれをちゃんと覚えていてくれて、地元の工務店を紹介してくれた。嬉しい。M氏の家もその工務店にお願いしたという。

「いいよ、メンテナンスもちゃんとしてくれるし、お勧め!」

そうはいっても、まず土地、、、が実はその工務店さんが懇意にしているこれもまた地元の不動産屋さんがあって、何件かいい案件があるという。

やっぱり実際見に行かなくっちゃと、週末を利用して那須に行った。ネットで知り合った不動産屋さんと2-3の土地を見に行って、M氏紹介の工務店のK氏と2-3の土地を見に行って、少し混乱…

移住は、1) まずはいい空気のもとで身体が元気になるための居住が第一目的、2) そして二次的な目的として、どうせ広い土地があるんなら念願の音楽ホールを建てよう、3) さらに、合意があれば親との二世帯でもいいか、ただし連棟の形で互いに絶対干渉しあわないことが条件。

と考えていたが、なんとなく2番目の目的がだんだん大きくなっていった。だんなはんが燃えてきたのだ。

最終的にはネットからの不動産屋さんの案件とK氏つながりの不動産屋さんの案件の1つづつが残って、結局K氏の方に決めた。その土地は、昭和40年代に分譲された別荘地の一角で、周囲の土地も全て分譲済みにも関わらず、建物はほとんどなく、雑木林となっていて、木立の中というのがいかにも那須らしい。2-3回訪れるうちに、心は傾いていった。

約300坪のL字型、2つの居住用家屋と100平米くらいの音楽ホールと何台かの駐車スペースでちょうどいい大きさ。方角もばっちり。

「よし、決めよう!」

ここまで一ヶ月半だったから、土地の検討時間としてはかなり速攻だろう。慎重派のだんなはんは、掘削調査をした方がいいかなあと最後まで心配していたが、冬の厳しさと建物の基礎工事とのタイミングを逆算して、まあいいかと同意。

建物はもちろんK氏の工務店。ネットでの不動産屋さんにも懇意の建築家がいてその人に建物は任せましょうと言ってくれていたが、やっぱり瑠庵M氏の言葉は強かった!!

で、お断りのメールをその不動産屋さんに送ったら、

「いいですよー。それより決まってよかったですねー、那須での暮らしなんかで判らないことがあったらいつでも相談してくださいねー。」

との暖かい返事をもらった。だから那須にしたんだ、と靖奴はつくづく思ったのだった。


(続きはPart3で。)
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by yasuyakko | 2005-03-01 12:00